Charles and Ray Eames(チャールズ & レイ・イームズ)
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1946年、ハーマンミラーがデザイン・ディレクターのGeorge Nelsonの尽力により初めてCharlesおよびRay Eamesのデザインの可能性に気づいて以来、Eames
とハーマンミラーの名前は同意語となり、技術革新とデザインの卓越性を表すようになりました。
ハーマンミラーはイームズ・ファニチャーを全て作っている唯一の米国のメーカーであり、Eames Officeのアイデアを実現できる製品ラインに変えていく役割を長年果たしてきました。製品の多くは今、ハーマンミラーから購入することができます。
Charles Eamesは1907年セントルイスに生まれ、ワシントン大学で2年間建築の勉強をした後、セントルイスで建築業務を始めました。6年後Eliel
Sarrinenは Eamesに協力を申し出、ミシガンのクランブルック芸術アカデミー(Cranbrook Academy of Art)に実験デザイン学部を作るにあたり、その教師のポストも提供しました。
当時クランブルックに関係していた人達の中には、Florence Knoll、Harry Bertoia、Ed Bacon、Harry Weese、Ralph
RapsonおよびEero Saarinenがいます。 EamesとSaarinenによってこの時期に開発されたモダンファニチャーデザインは、 ニューヨーク近代美術館が行った1940年オーガニック家具コンテストで特賞を2つも取りました。しかしそのデザインは、次の理由により生産には至りませんでした。1)成形合板を複雑な曲線にかたどったり、木材を金属やゴムに貼り付けるなど、未完成の工程が含まれていた 2)戦争が差し迫っていた
1941年、Charlesは Cranbrookの同級生で近代美術館のコンテストのプレゼンテーション開発アシスタントであったRay Kaiserと結婚しました。米国抽象芸術家(American
Abstract Artists)の創立メンバーであるRayは、Hans Hoffmanのもとで絵の勉強をしていました。RayとCharles Eamesはカリフォルニアに転居し、成形合板をかたどる実際的な方法の研究を始めました。彼らは、成形合板技術の研究で、ついに独立した研究所を作ったのです。この研究所は戦争中、かたどった成形合板で、添え木,担架、実験的にグライダーの骨組みを作るという使命を受けました。
Eames夫妻は、自分達で最初にかたどった成形合板家具デザインを Evans Products Companyで生産する手配をしましたが、同社はそれをマス・マーケットに乗せる能力がありませんでした。ハーマンミラーはそのデザインを評価し1946年、販売権を購入し、1949年には完全にその製造を引き継いだのです。
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